大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和53年(ワ)1145号 判決

原告

橋本昭郎

原告

橋本美智子

右両名訴訟代理人

新井毅俊

被告

関根義二

右訴訟代理人

高橋武

被告

関根正行

主文

一  被告らは各自、原告橋本昭郎に対し金六五七万三三一三円及び内金六〇七万三三一三円に対する昭和五二年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告橋本美智子に対し金六三二万三三一三円及び内金五八二万三三一三円に対する昭和五二年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項のうち被告関根正行に対する部分は仮に執行することができ、被告関根義二に対する部分は原告らにおいてそれぞれ金一〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外橋本文男(当時七歳。以下「文男」という。)は、昭和五二年一月二四日午後四時ころ、上尾市大字平方字大夫四〇二一番一山林八一六平方メートル(現況原野。以下「本件土地」という。)の土地上に掘られた東西約15.8メートル、南北約4.4メートル、深さ約2.5メートルの穴(以下「本件穴」という。)に溜つた水深約1.4メートルの水溜り(以下「本件水溜り」という。)に転落して溺死した(以下「本件事故」という。)。

2  原告らの身分関係

原告橋本昭郎(以下「原告昭郎」という。)は文男の父であり、原告橋本美智子(以下「原告美智子」という。)は文男の母である。

3  被告関根正行(以下「被告正行」という。)の不法行為責任

(一) 被告正行は、建築物を解体した際に出た廃材等の廃棄物(以下「廃棄物」という。)を土中に埋め込むために本件土地を使用し、その各所に穴を掘つて廃棄物を埋め込んでいたが、昭和五一年一〇月ころ本件土地の近隣居住者から、本件土地に廃棄物を投棄し埋め込むことを中止するように要請され、そのころこれを中止した。

(二) しかし、本件土地には廃棄物を埋め込むために掘られた穴がそのまま放置されていた上、その付近に子供が出入りしていたので、近隣居住者は被告正行らに対し、子供が穴に転落する危険を防止するため早急に穴を埋め戻すよう要請した。

(三) したがつて、被告正行は、子供が穴に転落して事故が発生するかも知れないことを十分に予見することができたのであるから、本件土地に掘つた穴を早急に埋め戻すか、又は本件土地ないし穴の周囲に防護柵を設置するなどの措置を講じて、事故の発生を防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、既に掘り込んでいた穴をそのまま放置した。

そのため本件穴に水が溜つて本件水溜りが形成され、穴の周囲で遊んでいた文男が本件水溜りに転落して溺死した。

(四) してみれば、被告正行は、民法七〇九条の規定により後記損害を賠償すべき責任がある。

4  被告関根義二(以下「被告義二」という。)の責任

(一) 工作物責任

(1) 被告義二は、本件土地を所有し、これを被告正行に使用させていたところ、被告正行は、廃棄物を土中に埋め込むために本件土地の各所に穴を掘つていたのであるから、そのうちの一つである本件穴は土地の工作物であり、また、本件水溜りは、本件穴に湧出した地下水又は雨水が溜つてできたものであるから、これも土地の工作物である。

(2) 被告義二は、被告正行に本件土地を使用させるに当たつて、原野であつた本件土地を将来栗林に造成することを計画し、それには被告正行が廃棄物を本件土地に埋め込むことが土地の造成及び地質の改良のために好都合であると考えて、本件土地を被告正行に無償で使用させるに至つたのであり、また、被告正行は、本件土地に廃棄物投棄用の穴を掘れば、その後は時折廃棄物の投棄のため本件土地にやつて来たに過ぎず、殊に昭和五一年一〇月から本件事故発生時までは本件土地に廃棄物を投棄することを中止し、本件土地を放置していた。更に、被告義二が被告正行に本件土地を使用させるに至つたのは、被告義二がかねて被告正行に対し後記甲土地を有償で貸与していたところ、被告正行が甲土地に廃棄物を放置していたため、近隣居住者から非衛生であると苦情が出され、そのため被告義二が廃棄物処理のため被告正行に後記乙土地を提供し、廃棄物の一部を乙土地に埋め込ませたものの、再び近隣居住者から苦情が出るに至つたからである。

したがつて、これらの事情に照らせば、被告義二は、被告正行とともに本件穴及び本件水溜りを占有していた者、すなわちその直接占有者に当たるものというべきである。

(3) 仮に被告義二が本件穴及び本件水溜りの占有者に当たらないとしても、被告義二は、被害者であつた文男との関係において瑕疵ある工作物を管理支配すべき地位にあつた者として、占有者と同等の責任を負うべきである。

すなわち、被告義二は、被告正行に対し本件土地を無償で、かつ、掘り込む穴の規模、穴の埋戻し時期等その使用方法を定めないで使用させた上、被告正行が本件土地の各所に穴を掘り込んで廃棄物を埋め込む作業を進めながら、穴の埋戻しをしないで放置していたことを十分に知つていたのであり、また、昭和五一年一〇月ころ近隣居住者から、穴の埋戻しが十分でなく、遊び回つている子供が穴に転落するおそれがあつて危険であると指摘され、その危険防止策を講ずるよう要請されたのであるから、被告義二は、本件土地の所有者及び貸主として、本件土地に設けられた本件穴及び本件水溜りにおいて事故が発生することのないように安全策を講ずべき義務があつたばかりでなく、安全策を講ずることのできる立場にあつたのである。

(4) 本件穴は前記のような大きさのものであり、その底部には本件水溜りができていたのであるから、本件穴の付近で遊び回る子供が本件穴及び本件水溜りに転落して溺死するなどの事故が発生する危険性が大きかつた。それなのに被告義二は、本件穴を埋め戻すとか、本件穴の周囲に防護柵を設備するとかの措置を講ずることなく、これを放置した。そのため穴の周囲で遊んでいた文男が本件水溜りに転落して溺死した。

(5) したがつて、本件穴及び本件水溜りの設置、保存に瑕疵があり、本件事故はその瑕疵によつて発生したのであるから、被告義二は、民法七一七条一項の規定により後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 不法行為責任

(1) 被告義二は、本件土地の所有者であり、前記のような事情の下に本件土地を被告正行に使用させたのであるが、被告正行が廃棄物を埋め込むために掘り込んだ穴をそのまま放置し、そのため本件穴及び本件水溜りが形成されて、付近で遊び回る子供が本件穴及び本件水溜りに転落し、事故が発生する危険性があることを知つていた。

それなのに被告義二は、事故の発生を防止すべき注意義務を怠り、本件穴の周囲に防護柵を設置するなどの措置を講ずることなく、本件穴及び本件水溜りを放置し、そのため穴の周囲で遊んでいた文男が本件水溜りに転落して溺死した。

(2) したがつて、被告義二は、民法七〇九条の規定により後記損害を賠償すべき責任がある。〈中略〉

二  請求原因に対する被告正行の認否〈省略〉

三  請求原因に対する被告義二の認否

1〜4〈省略〉

5 被告義二には原告ら主張の工作物責任及び不法行為責任を問われる原因がないのであつて、その理由は次のとおりである。

(一)  被告義二が被告正行に本件土地を使用させるに至つた経緯は次のとおりである。

すなわち、被告義二は農業を営み、被告正行は建物の解体業を営んでいたところ、被告義二は、昭和四八年一二月ころ被告正行に対し、被告義二所有の上尾市大字平方字大夫四一五九番畑五二二平方メートル及び同所四一六〇番畑一〇七〇平方メートル(以下これらを合わせて「甲土地」という。)を、営業用の材料置場として使用する目的で賃貸した(賃料は月額一万円であつたが、昭和五一年七月から月額一万五〇〇〇円となつた。)が、被告正行は、昭和五一年春ころから甲土地上に建築物解体の際に生じた廃材等の廃棄物を置き始めた。これを知つた被告義二は、被告正行に対し、「用法違反であるから、直ぐに片付けてもらいたい。」と何回も催促したが、被告正行はこれを実行せず、そのため近隣居住者は、同年六月ころ、「夏に入ると、はえが出る。」と苦情を申し立て、上尾市に対し善処するよう申し入れた。

被告義二は、事の成行を放置できなくなつたことを知り、また、被告正行が、「廃棄物を捨てる場所がない。」と言うので、同年九月六日ころ被告正行に対し、被告義二所有の同市大字平方字大夫四一二五番一山林一一〇〇平方メートル(以下「乙土地」という。)を、廃棄物を埋め込む場所として無償で使用させることとし、甲土地上の廃棄物の処理促進のため便宜を図つた。乙土地は被告義二所有のぶどう畑の近くに所在し、耕作されていなかつたものであるが、被告義二は、そこに廃棄物を埋め込むことによつて乙土地の地質改良等を目論むようなことはなかつた。被告正行は、早速乙土地に穴を掘り、廃棄物を埋め始めたが、乙土地が住宅に近接していたため、再び近隣居住者から苦情が出され、その作業を続行することが困難になつた。

そこで、被告義二は、間もなく被告正行に対し、乙土地の代替地として、比較的に住宅から離れた位置にある本件土地を無償で使用させることとした。本件土地はもと竹林であつたが、昭和四四年ころ竹が枯れてしまい、その後はこれを放置していたのであつて、近隣には訴外関根重吉の居宅が一軒あるだけであり、被告義二は、当時これを栗林に造成するような計画を持つていなかつた。

(二)  本件土地は竹林跡の荒地であつたから、そのままの状態では民法七一七条にいう工作物に当たらないものであつた。

被告正行は、本件土地の一部をユンボで掘削して、その穴に廃棄物を投棄し、その上に土をかぶせて穴を埋め戻しては次の穴を掘削するという作業を継続した。

被告正行が掘削した穴は、工作物という概念に該当する形状を備えたものということができるとしても、被告義二にはその穴に対する支配権能がなく、またその形状を変更する権限もなかつたのであつて、右のような穴の支配権能及び形状変更権限はすべて被告正行に帰属していたのであるから、被告義二は、本件穴の直接占有者に当たらなかつたし、また間接的な占有者にも当たらなかつたものというべきである。

(三)  また、被告義二が被告正行に乙土地及び本件土地を無償で使用させた際、被告正行は、被告義二に対し、その土地の掘削、廃棄物の投棄及び穴の埋戻しについては一切の責任を持つと約束した。そのため被告義二は、本件土地の管理を被告正行に任せていたのであつて、本件穴等を管理支配すべき地位になかつた。

(四)  ところで、被告正行が本件土地において廃棄物の投棄・埋込みを始めたところ、近隣居住者が昭和五一年九月二二日ころ上尾市に対し、その作業を即刻中止させてもらいたいと陳情した。上尾市が被告正行及び近隣居住者を集めて協議を重ねた結果、同年一〇月一六日関係者間において、廃棄物を埋め込む方法及び井戸水の水質検査等について合意が成立し、被告正行は、その合意事項を遵守して廃棄物の投棄・埋込みを継続することができることとなつた。

ところが、被告正行が廃棄物の投棄・埋込みを再開したところ、近所の訴外浦田スエが血相を変えて怒鳴り込み、そのため被告正行は、作業を直ちに中止して、既に掘削してあつた本件穴を埋め戻さずに放置した。

(五)  本件土地は低地にあり、地下水の水位が高かつたので、自然に湧出した水が本件穴に溜り、水溜りができた。本件事故当時には水溜りの表面が凍結していたところ、遊びに来た子供のうち文男がその氷上に乗つたため、氷が割れ、文男は、水中に落ちて溺死するに至つた。

(六)  なお、近隣居住者が被告正行に対し埋戻しを求めていたのは乙土地についてであつて、本件土地についてではなく、また、被告義二は、被告正行と近隣居住者及び上尾市との間の協議について何ら関与しなかつた。しかし、被告義二は、被告正行に本件土地等を使用させていたことから、被告正行に対し、近隣居住者に迷惑を掛けないように再三にわたつて注意していた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一事故の発生

1  請求原因1の事実は、原告らと被告正行との間に争いがなく、同1のうち本件穴の大きさの点を除くその余の事実は、原告らと被告義二との間に争いがない。

2  そして、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件穴は、本件土地のほぼ中央部に掘削機械(ショベル・ローダ)ユンボによつて掘り込まれたものであり、その大きさは東西に約15.8メートル、南北に約4.4メートル、深さ約2.5メートルのものであつて、ひようたんに似た形状を成していた。

(二)  本件穴の南東部分には廃棄物及び雑木等が投棄されて、本件穴のほぼ半分は埋め込まれていた。

本件穴の残りの部分(西側及び北側部分)では水溜りの水面が露出して、その深さが約一メートルから約1.4メートルに達し、本件水溜りを形成していた。

本件水溜りは、地下水が自然に湧出したり、雨水が溜つたりしてでき上がつたものであり、本件事故当時には水面が凍結して、厚さ約五センチメートルの水面を形成していた。

(三)  小学校一年生であつた文男は、同級生の訴外清水一彦と二人で本件土地に遊びに行き、氷の張つた本件水溜りを見付けて、本件穴の縁から水溜りのある箇所まで下りて行き、氷面を叩いたりして遊んでいたが、そのうち一彦と二人で氷の上に乗つたため、氷が割れ、一彦とともに水溜りの中に落ちた。一彦は、直ぐ近くにあつた木の枝などにつかまり、自力で水溜りからはい上がつたが、文男は、水溜りの中に沈んでしまい、そのまま溺死した。

二原告らの身分関係

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三被告正行の不法行為責任

1  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告正行は、関根土建の名称を使用して土建業を営み、主として建築物の解体を業としていたが、昭和五一年春ころから、建築物の解体によつて生じた廃材等の廃棄物を、被告義二から賃借していた甲土地の上に置くようになり、そこに積み上げられた廃棄物は大量ものになつた。

(二)  被告正行は、同年五月ころ甲土地の近隣居住者から、「夏に入ると、はえが出て困るから、廃棄物を他の場所に移すように。」と強硬に要求され、被告義二から乙土地及び本件土地を無償で借り受けて、甲土地上の廃棄物を乙土地及び本件土地の土中に埋め込むことにした。

(三)  被告正行は、同年八月二〇日ころから本件土地を使用し、まず掘削機械(ショベル・ローダ)ユンボで本件土地の一部に長さ約二〇メートル、幅約四メートル、深さ約二メートルの直方体状の穴を掘り、その穴に甲土地から搬入した廃棄物を投棄し、その上に掘り上げた土をかぶせて穴を埋め戻し、次に別の穴を掘つて廃棄物を投棄し、穴を埋め戻すという作業を繰り返した。

(四)  これを見た関根重吉は、同年九月二二日ころ被告正行に対し、「本件土地に廃棄物を埋め込まれると、将来地下水を汲み上げている井戸水が汚染されるおそれがあるから、本件土地に廃棄物を投棄することを即刻止めてもらいたい。」と申し入れ、そのころ訴外長谷川辰三を通じて上尾市に対しても、「被告正行に対し、廃棄物の投棄を止めるよう行政指導をしてもらいたい。」と申し入れた。

そのため被告正行は、同月二二日上尾市の担当職員から事情を聞かれ、その際担当職員に対し、「本件土地に投棄した廃棄物には覆土して、投棄を止める。甲土地の廃棄物は徐々に片付ける。」と回答していたが、更に同月二九日にも重吉から上尾市に対し苦情が申し立てられたので、被告正行は、同月末日ころをもつて本件土地に廃棄物を投棄することを中止した。

(五)  そのころ本件土地には本件穴とその東方約10.6メートルの箇所に直径約7.8メートル、深さ約2.4メートルの穴が掘られていたが、被告正行は、作業を中止するに際し、付近の雑木を伐採して、これを本件穴の南東部分に投げ込み、本件穴の約半分を覆い隠したものの、本件穴の残り約半分はそのまま放置した。

(六)  本件穴には徐々に水が溜つて、同年一〇月ころには水深が本件事故当時と同じような程度にまで達し、被告正行は、同年一一月中旬ころ本件穴の中にできた水溜りを現認した。

(七)  本件穴は前記ユンボで掘削されたので、穴の内側は切り立つた壁状を成し、穴の縁には掘り出された土が積み重ねられて、傾斜面を成していた上、穴に溜つた水は濁つていて、水底が見え難くかつた。

そのため人が本件穴の縁から水際まで下りて行くことは容易であつて、人が誤つて水溜りに転落した場合には、十分な体力又は手掛かりとなる雑木等がない限り、自力で水溜りからはい上がることは著しく困難であるか、又はほとんど不可能な状態になつていた。

(八)  本件土地は村落のはずれにあつて、その南方に関根重吉の居宅、東方に雑木林、北方に畑、西方に水田がそれぞれ隣接していた。

被告正行は、前記(四)のように主として井戸水の汚染を防止するためのものであつたとはいえ、近隣居住者及び上尾市からしばしば、廃棄物を早急かつ適正に処理することと、本件土地に投棄された廃棄物に覆土することを要請されていたが、同年一〇月以降は本件穴及び水溜り等に何ら手を加えず、これを放置していた。

2 そこで考えるに、被告正行は、建築物の解体を業としていた者であり、本件土地に本件穴を掘り込んだのに、穴の約半分を雑木等で覆い隠しただけで作業を中止し、その後本件穴に深さ約1.4メートルの水溜りができたことを現認したのであるから、業者として本件穴及び水溜りに係る前記認定の危険性に思いを致し、付近の村落に住む子供らが本件土地に遊びに来て本件穴及び水溜りを見付け、水溜りの周辺で遊び回ることがあるかも知れないことを予測して、その子供らが水溜りに転落し死亡するというような事故が発生しないように、本件穴を埋め戻すか、又は本件穴の周囲に立入りを防止する防護柵設置するなどして、その対策を講じて置くべき義務があつたものというべきである。それなのに被告正行は、本件穴及び本件水溜りについて右のような危険防止の措置を講ずることなく、これを放置し、そのため前記一において認定した本件事故が発生したものと認めることができるから、被告正行には本件事故の発生について過失があつたものというべきである。

したがつて、被告正行は、民法七〇九条の規定により後記損害を賠償すべき責任がある。

四被告義二の工作物責任

1 本件穴及び本件水溜りは、前記一の2の(一)、(二)及び三の1の(三)、(五)、(六)において認定したような経緯によつて作り出されたものである。

したがつて、本件穴は、土地に接着して人工的作業を加えることによつて成立した物として、土地の工作物に当たるものというべきであり、また、本件水溜りは、本件穴が作り出されたことに伴い、自然発生的にでき上がつたものであるから、本件穴に不可分的な付属物、すなわち本件穴と一体を成すものとして、本件穴とともに土地の工作物に当たるものと見るのが相当である。

2  そこで、被告義二が本件穴及び本件水溜りの占有者に当たるか否かを検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告義二は、農業を営むかたわら、上尾市平方所在の長島商店に勤め、営業関係を担当していたが、建築物の解体業等を営んでいた被告正行に対し、昭和四七年七月ころ甲土地の隣接地に所在した居宅を賃貸し、次いで昭和四八年一二月ころ被告義二所有の甲土地を、被告正行の営業用の資材置場として使用することを目的として賃貸した。

(2) ところが、被告正行は、昭和五一年春ころから廃材等の廃棄物を甲土地の上に積み置くようになり、それが大量に達したので、近隣居住者は、同年五月ころ被告正行に対し、「夏に入ると、はえが出て困るから、廃棄物を他の場所に移すように。」と申し入れた。しかし、被告正行は、これを安請合いするだけで、実行しなかつたので、近隣居住者は、被告義二に対し、「被告正行が廃棄物を片付けようとしないので、地主の方で片付けてもらいたい。」と申し入れた。

(3) 被告義二は、被告正行に対し、廃棄物を早く他の場所に移すよう督促したが、被告正行が、「片付ける場所がないので、どうにもならない。」と弁解するだけであつたので、被告義二は、同年八月初めころ被告正行に対し、被告義二所有の乙土地を、廃棄物を甲土地から移して埋め込む場所として使用することを目的として無償で貸与し、被告正行は、同月七日ころから前記ユンボで乙土地に穴を掘り、穴の中に廃棄物を投棄してこれを埋め込み始めた。

乙土地は村落の住宅に近接していたため、間もなく近隣居住者は、被告正行に対し、「廃棄物を投棄されると、将来井戸水が汚染されるおそれがあるから、乙土地に廃棄物を投棄することを止めてもらいたい。」と申し入れた。

(4) そこで、被告義二は、被告正行から窮状を訴えられ、やむなく被告正行に対し、乙土地の代替地として被告義二所有の本件土地を、乙土地と同じような目的のために無償で使用させることとした。本件土地は、もと竹林であつたか、竹が枯れてしまつてから数年が経過し、荒れるに任されていた。

被告義二は、本件土地に廃棄物を投棄して埋め込めば、低い土地が少しは高くなり、将来廃棄物が腐蝕して土地が肥えるかも知れないと考えないではなかつたが、そのようなことを期待するよりも、公衆衛生上の見地から、廃棄物を早急に処理するよう追及されていた被告正行の窮状を救うとともに、廃棄物の処理の促進を図ろうとすることに重きを置いて、本件土地を被告正行に使用させることとしたのであつた。

(5) 被告正行は、同年八月二〇日ころから本件土地の使用を開始し、前記三の1の(三)において認定したような方法で本件土地に穴を掘り、廃棄物を投棄してこれを埋め込んでいた。

(二)  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 上尾市は、昭和五一年九月六日ころ産業廃棄物を取り扱つていた業者の一人から、被告正行が甲土地上に廃棄物を山積みしているのを放置してよいのかと指摘され、調査に乗り出したが、建築物の解体業を営む被告正行を直接監督し得る権限を見出し得なかつたので、地域住民に対する行政サービスの一環として、被告正行に対し可能な範囲での行政指導を行うこととした。

(2) 前記三の1の(四)において認定したように、関根重吉は、同月二二日ころ被告正行に対し廃棄物の投棄を中止するよう申し入れるとともに、上尾市に対し行政指導をしてもらいたいと申し入れ、被告正行は、同月二二日上尾市に対し廃棄物の投棄を止めるなどと回答し、同月二九日再度の苦情を受けて、同月末日ころ廃棄物の投棄を中止した。

(3) しかし、被告正行が廃棄物の投棄を再開する動きを見せ、重吉らが上尾市に対し重ねて行政指導を求めたので、上尾市は、同年一〇月六日被告正行から、「廃棄物を住民等に迷惑の掛からないよう適正に処理することを誓約します。市内に埋め立てる場合には市の指導要綱を遵守します。」などと記載した念書を徴した上、同月九日新田公民館において開かれた乙土地の近隣居住者の話合いの場に担当者数名を出席させた。

その場には被告正行及び被告義二の妻が出席したが、近隣居住者は、被告正行らに対し、「井戸から一〇メートル以上離すこと、隣接地内への流水防止の処理を措ること、工事期間は年内とすること、通学路につき工事は午前九時から日没までとすること、話合いがつくまで工事を中止すること」など一三に及ぶ事項を要望した。

そして、乙土地の近隣居住者長谷川辰三ら七名は、同月一〇日被告義二及び被告正行に対し、右の要望事項(合計一三項目)を明記した「要望書」を交付して、善処するよう要求した。

(4) 長谷川らは、被告正行及び被告義二に対し再三にわたつて要望書に対する回答を求めたが、被告正行らは、その回答を延ばした後、被告正行が同月二三日長谷川らに対し、「廃棄物の投棄を再開しない。」と回答した。

(三)  そして、〈証拠〉によれば、新田区長の訴外駒崎角蔵が昭和五一年一〇月二四日被告正行及び被告義二方を訪問して、両名に対し、それぞれ「ごみ穴は子供らに危険であるから、早急に埋めるように。」と申し入れた事実を認めることができ、右の認定に反する被告関根義二本人尋問の結果は信用することができない。

(四)  また、〈証拠〉によれば、被告義二は、被告正行に対し、「廃棄物の投棄及び埋込みについては一切の責任を持つてやつてもらいたい。」と申し入れ、作業の段取りついては被告正行に何ら指示したことがなかつたが、たまたま近くを通つた際には被告正行の仕事振りを見ていた事実を認めることができる。

(五) 以上の事実に基づいて考えるに、一方、被告義二は、被告正行から窮状を訴えられ、公衆衛生上の見地からやむなく本件土地を廃棄物の投棄・埋込みの用に供するため被告正行に使用させるに至つたのであり、また、本件土地の使用方法(廃棄物の投棄・埋込みの実行方法)については被告正行に一切の責任を負わせ、みずから指示をすることはなかつたのであるが、他方、被告正行は、近隣居住者からの度重なる苦情の申立てに対処することができなくなり、そのため近隣居住者は、地主の被告義二に対し被告正行とともに善処するよう要求するに至つたのであつて、被告正行が昭和五一年九月末日をもつて廃棄物の投棄を中止し、同年一〇月以降は本件土地(本件穴及び本件水溜りを含む。)に手を加えず、これを放置したこと(前記三の1の(八)に認定したとおり。)に照らせば、被告正行は、そのころ本件土地の使用継続を断念し、無責任にも本件土地の管理を放棄したものと見ることができるから、被告義二としては、そのころ本件土地に対する管理権限を事実上回復し、以後本件土地を適切に管理保全すべき立場に立たされたものと見るのが相当であり、しかも、被告義二は、本件土地の直ぐ近くに居住し(肩書住所地)、何時でも本件土地を検分することができたのであるから、本件土地を容易に管理保全することができたものというべきである。

したがつて、被告義二は、本件事故当時本件土地(本件穴及び本件水溜りを含む)を事実上支配し、本件穴及び本件水溜りの後記瑕疵を修補し得て、損害の発生を防止し得る関係にあつた者として、本件穴及び本件水溜りの占有者に当たる者であつたと認めるのが相当である。

この点について被告義二は、本件穴等に対する支配権能及び形状変更権限を持ち合わせていなかつたと主張するのであるが、右の主張は、前記説示に照らして失当なものというほかないのであるから、これを採用することができない。

3 前記三の1の(五)ないし(七)において認定したように本件穴及び本件水溜りは極めて危険な形状を成していたのであるから、被告義二としては、付近の村落に住む子供らが本件穴及び本件水溜りの周辺で遊ぶことがあるかも知れないことを予測して、その子供らが水溜りに転落し死亡するというような事故が発生しないように、みずから又は被告正行の協力を得て本件穴を埋め戻すか、又は本件穴の周囲に立入りを防止する防護柵を設置するなどして、適切な安全策を講ずるべきであつたということができるところ、被告義二は、被告正行が右のような安全策を講じなかつたことを知りながらこれを放置していたばかりでなく、みずからもその安全策を講じなかつたのであるから、被告義二には本件穴及び本件水溜りの保存について瑕疵があつたものと認めるべきである。

4 そして、前記一において認定した本件事故は、本件穴及び本件水溜りの保存の瑕疵に起因して発生したものと認めることができる。

5  なお、被告義二は、被告正行に対し近隣居住者に迷惑を掛けないようにと再三にわたつて注意していたと主張するところ、その事実は、被告関根義二本人尋問の結果によりこれを認めることができるのであるが、それだけでは被告義二が本件事故の発生を防止するのに必要な注意を尽くしたものと認めることはできない。

6  したがつて、被告義二は、民法七一七条一項本文の規定により後記損害を賠償すべき責任がある。

五損害

1  文男の損害

(一)  逸失利益

前記認定のとおり、文男は本件事故当時七歳の男子であり、原告橋本昭郎本人尋問の結果によれば、文男は健康であつたことが認められるから、同人は、本件事故によつて死亡しなかつたならば、少なくとも高等学校を卒業して満一八歳から満六七歳まで四九年の期間就労することができたものと推認することができ、また、就労期間中の生活費として収入の二分の一を費消したものと推認することができる。そして、昭和五四年賃金センサス第一巻第一表によれば、新高卒・男子労働者・企業規模計のきまつて支給する現金給与額は月額二〇万〇五〇〇円であり、年間賞与その他特別給与額は六六万一六〇〇円であるから、文男は、右の給与額(年間合計三〇六万七六〇〇円)を下らない収入を得たものと推認することができる。

そこで、年五分の割合による中間利息を年毎ライプニッツ式計算法により控除することとして、文男の死亡時における現価を算出すると、年収一五三万三八〇〇円にライプニッツ式係数10.6228を乗じて、一六二九万三二五一円(円未満切り上げ)となる。

(二)  慰藉料

前記認定のとおり文男は、小学校一年生の健康な男子であつたのに、その可能性に富む人生を一瞬のうちに失つたのであるから、著しい精神的苦痛を受けたものと認めることができるところ、後記過失の点を除く諸般の事情を考慮すると、文男の精神的苦痛を慰藉するには七〇〇万円を賠償させることをもつて十分なものと認めるのが相当である。

(三)  文男の過失

前記認定のとおり文男は、本件事故当時満七歳の小学校一年生であつたから、廃棄物の投棄場所として使用されていた本件土地並びに本件穴及び本件水溜りが子供らの遊び場所として適当な場所でないことを知つていた上、本件穴の中にできた本件水溜りの水際で遊んだり、水面にできた氷の上に乗つたりすれば、前記認定の形状から見て本件水溜りの中に滑り落ちたり、氷が割れて水中に沈んだりする危険性があることを認識することができたものと見るのが相当である。

それなのに文男は、清水一彦が行動をともにしていたとはいえ、危険を顧みないで本件水溜りに張つた氷の上に乗り、そのため氷が割れて水中に沈み、溺死という結果を招いたのであるから、文男には本件事故の発生について過失があつたものというべきである。

そして、前記認定の本件事故の態様に照らせば、文男の過失の程度は大きいものということができるから、これを五割に当たると見て、損害賠償の額を定めるについて斟酌するのが相当である。

(四)  過失相殺

前記(一)及び(二)の損害額は合計二三二九万三二五一円であり、文男の過失を考慮して、その五割に当たる一一六四万六六二六円(円未満切り上げ)を被告らに賠償させるのが相当である。

(五)  原告らの相続

前記認定のとおり原告らは、文男の父母であるから、文男の取得した前記(四)の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一(五八二万三三一三円)ずつ相続したものということができる。

2  原告昭郎の損害

〈証拠〉によれば、原告昭郎は、文男の葬儀費用として五〇万円を下らない金銭を支出した事実を認めることができるから、原告昭郎は、本件事故により同額の損害を被つたものということができるけれども、前記認定の文男の過失を考慮して、その五割に当たる二五万円を被告らに賠償させるのが相当である。

3  原告らの損害

原告らが本件訴訟の提起及び遂行を原告ら訴訟代理人に委任した事実は、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の難易、認容額その他の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに負担させるべき弁護士費用としては、それぞれ五〇万円の限度において認容するのが相当である。

六結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告昭郎において前記五の1の(五)、2及び3の合計額六五七万三三一三円並びに3の額を除く六〇七万三三一三円に対する不法行為の日の昭和五二年一月二四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告美智子において前記五の1の(五)及び3の合計額六三二万三三一三円並びに3の額を除く五八二万三三一三円に対する前記昭和五二年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも正当であり、これを認容すべきであるが、その余の支払を求める部分はいずれも失当であつて、これを棄却すべきである。

そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(加藤一隆 小林敬子 坂部利夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例